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わたしの体験談。

 花ちゃんママ。(H25.6月生)



ダウンちゃんを授かって

花は、私達夫婦の第一子として産まれてきました。

妊娠中の経過は順調で早くから女の子と分かり、

エコー検査でも赤ちゃんの心臓について異常の指摘はありませんでした。

35週目の夜中に突然に破水となり入院。

5時間後、自然分娩で産まれてきました。



体重は 1958g。

産まれてすぐに泣き声もあり夫婦ともにホッとしていましたが、

35週の早産のために低体重と呼吸が安定しないため、

抱くこともできずにすぐに保育器に入りました。


その後、小児科医によって心臓中隔にピンホール大の穴が

開いているとの説明を受けました。




私達は、初めての子供で女の子ということもあり

産まれてくるのをとても待ち望んでいました。

対面した彼女は、保育器に入っていましたが小さな手足も動いていて、

長いまつ毛と二重はお父さん似てかわいいね。と喜んでいました。

その時は、他の赤ちゃんと違っているとは思いもしませんでした。



出産後2週間たって夫婦で小児科の医師から面談を受けました。

その時、看護師も一緒に同席させてほしいと話があったため

「あれっ?何か重要な話があるのかな?」と頭をよぎりましたが、

小児科病棟だから看護師も同席するのだろうと思い直しました。

しかし、頭をよぎった考えは正解でした。



面談内容は、体重がなかなか増えないので

もう一ヶ月間の入院継続となること、

顔つきや手足の筋力が弱いことからダウン症の可能性が高いと

説明されました。




面談で先生は、

「ダウン症と言ってもきちんとサポートしていけば、

時間はかかるけど必ずできるようになるんだよ」

と前向きな説明でしたので私はすんなりと受け入れることができました


また、私がのんびりな性格でもあって、

驚きはありましたが先生の説明中に「生まれる確率は1/1000です」

という言葉に“じゃあ、宝くじ買わないと”なんて

考えていたくらいです。

夫婦で話してすぐに詳しい検査の依頼をして帰宅しました。




夫は、面談後すぐはダウン症という言葉がわからなかったためか

落ち着いた対応をしていました。

帰宅後、それぞれの両親にも説明すると双方とも

「まだ結果はわからないが、みんなで一緒に育てていこうね」

と言ってもらえホッとしました。




しかし、その晩にダウン症についてネットで一晩中調べ、

夫はショックで涙が出て眠れなかった。と話していました。

(私は、産後のため実家に帰省していました)



私もダウン症の原因として卵子の老化によるものが大きいと知り、

彼女をダウン症にしてしまったのは私のせいだ。と、

その時初めてショックを受け、花に申し訳なくなり泣きました。

私は、花が無事に生まれてきてくれただけで満足していましたし、

かわいいわが子には違いないと思っていましたが、

それでもネットでダウン症の赤ちゃんの写真とわが子の写真を

比べたりして正常であってほしいと心の隅で思ってしまいました。



次の日には、夫から

「どんな現実が待っていても幸せな家庭を築いていこうね」

といってもらえて、夫に惚れ直しました(笑)



今では、花は怒りんぼうのお母さんではなく、

優しいお父さんを選んで産まれてきてくれたんだと思っています。



検査の結果は3週間後にわかる予定でした。

結果は【トリソミー21染色体異常(ダウン症)】と診断されました。


その時には、心の準備ができていましたので、

ほかの子と比べなくてよいこと、ゆっくり子育てができるし

普通の子育てより面白そうだ。なんて思えていました。



花は、退院して1か月後には心臓に開いていたピンホール大の穴が閉じ

他に重度の合併症がなかったこともあり。

ゆっくりではありますが普通の子と同じように寝返りも

ハイハイも立ち上がりもできてきています。



花がダウン症として生まれてきてくれたことで、

今まで見ていなかった世界やいろんな方達との

出会いや経験を体験させてもらっています。

まだまだ子育ては始まったばかりですが

ダウン症を授かったということは後悔していません。

のんびりですが優しい子に育ってくれたらと思っています。




Rちゃんママ。(H24.5.5生)



*ダウン症と診断されるまで。


平成24年5月5日 三男 Rちゃんが誕生しました。

切迫早産で 予定日より1ヶ月以上早く、緊急帝王切開での出産。

初めて ご対面した時の印象は

『生まれたばかりなのに、二重のラインがくっきり出てるわ。

きっと、クリクリ二重のかわいい子になるんだろうな。』

と思った。

2,242gと 小さく生まれたので、

NICUで保育器の中に入っていた。

2,500gになるまでは 退院出来ないとのことだった。






はじめて 顔を覗いてみたとき、

あれ? 未熟児で生まれたからかな。 

上の子たちとは 何か違うなぁ と一瞬思った。

でも 特に気にせず かわいくて仕方がないので

早く退院できることを祈った。




私は 1週間で退院したので、当分は病院に

絞った母乳を持って通うことになった。

通い始めてしばらく経った頃 ようやく保育器から出て

直接 母乳を飲ますことが出来るようになった。




顔を眺めながら、やっぱり 上の子たちとは何か違うんだよね。

そう思いながら、病院でみた彼の様子を家族に話した。



その頃に 先生から どうもミルクの飲みが良くないと言う事で

検査をしてみますか? と言われた。

そうか。やっぱ小さく生まれたから

なかなか上手に飲めないんだろうな。

私はそう思っていた。

どんな検査で どんなことがわかるのかと聞くと


「脳波や染色体の検査をします。染色体検査では

ダウン症や(何種類かの病名)などがわかります。」


と言われたが、そのときは全くピンの来ず

そうですか。と軽く返事をしたように思う。

確かに 私は 高齢出産だったが、

1年前に次男を無事出産していたし、

染色体異常などぜんぜん心配していなかった。




ある日、授乳の指導を受けながら看護師さんと話をしているときに

「Rちゃんは家族の誰に似てるの?」と聞かれたので



「それが、誰にも似てないんです。うちはどっちかって言うと

タレ目系なんだけど、Rちゃんは目がつり上がっていて・・・。

誰に似たのかなって家族で話してたんです。」

と思っていた通り答えた。




すると、看護師さんが

「そっかぁ。つり目はダウン症の特徴のひとつだもんね。」

ぽつりとつぶやいた。





私は そのとき はじめて ハッとした。

えっ・・・。?!

先生や看護師さんは Rちゃんのことダウン症って

疑っているの???




・・・急に 急に 不安になった。




私は 恐る恐る 看護師さんに 聞いてみた。

「看護師さんは Rちゃんのことダウン症だと思いますか?」




「う〜ん。結果が出てみないと 何とも言えないけど 

Rちゃんの場合、目がつり上がっているってこと以外、ほかには症状が

出てないんだよね。だから、私たちも検査をするのが遅くなったんよ。」


そのとき 私は目の前が真っ白になった・・・。


まさか・・・ 



まさか・・・ Rちゃんがダウン症???


うそでしょ?! 

まさか!!





次の日、重たい気持ちで パソコンの前に座った。


「ダウン症」・・・と検索してみる。



目に留まったのが、ダウン症の子供さんを持った方が

書いておられるブログ。

読んでみると、まさに私の心境とまったく同じ。

疑いを持ちながら 検査結果を待つ日々。

その 長い長い1ヶ月間の不安や苦悩の日々を綴られていた。


そして 「ダウン症の症状」という項目に


「乳児期からはっきりした二重」

というのを見たとき、驚愕してしまった・・・。



生まれたての時に 「かわいい二重」と微笑ましく思った

あの目のラインが

ダウン症の特徴のひとつだなんて・・・・・!!!



検査の結果が出るまでに1ヶ月近くかかると言われていたが

私は このときに確信した。



そして そのまま 泣き崩れてしまった。

いままでの人生で こんなに声を出して泣いたことがあっただろうか。

恥ずかしげもなく しゃくり上げて泣いた。



私は 初めて「絶望」という感情を体験した。


これからどうしたらいいんだろう。 

どうやって育てていけばいいんだろう。

一生続くこの問題を 私は 背負っていけるのだろうか。





たくさん たくさん 泣いたあと 

少し冷静になった私は ふと思った。



こんなに悲しくて泣いて過ごしても

笑顔で楽しく過ごしても

現実は なにも変わらない・・・。



Rちゃんが ダウン症 という事実は 何も変わらない・・・。

それに 私は ありがたいことに  上の子供が二人いる。

彼らが 保育園から 帰ってきたら泣いてはいられない。






あの 絶望を 感じた日から

どれくらい経っていたかは わからないけど

いつの間にか 苦しみが やわらいでいた。



Rちゃんが 生まれて1ヶ月。

やっと退院できる日がやってきた。

車で2時間ほどかかる病院から 家に帰る間 

ずっと 抱っこしていた。




やっぱり かわいい。かわいくて仕方ないよ。

この子は この子のままでいい。

彼は自分で選んで生まれてきたんだから。


一緒に 暮らせるようになって 

ますます そう思えるようになった。



退院してから 約3週間後に


検査結果を聞きに 主人とふたりで病院へ行きました。


結果は やはり ダウン症。21トリソミーでした。



でも もうそのころには 自分の中でわかっていたので

大きなショックはありませんでした。


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当初は、こんな感情を抱きましたが

今はとても幸せです。何ひとつ不幸なことはありません。




ダウン症として生まれてきたRちゃんは

いつもニコニコ笑っていて、私たち家族を笑顔にしてくれます。




この子たちは

彼らにしかできない、特別な力を持っています。



それは、最高の笑顔です。

この笑顔には、人の心を癒す力があります。

彼らから生きる力をもらっています。


わたしは、この子からたくさんのことを学んでいて

Rちゃんがダウン症として生まれてくれたことに

感謝しています。