*ダウン症と診断されるまで。
平成24年5月5日 三男 Rちゃんが誕生しました。
切迫早産で 予定日より1ヶ月以上早く、緊急帝王切開での出産。
初めて ご対面した時の印象は
『生まれたばかりなのに、二重のラインがくっきり出てるわ。
きっと、クリクリ二重のかわいい子になるんだろうな。』
と思った。
2,242gと 小さく生まれたので、
NICUで保育器の中に入っていた。
2,500gになるまでは 退院出来ないとのことだった。
はじめて 顔を覗いてみたとき、
あれ? 未熟児で生まれたからかな。
上の子たちとは 何か違うなぁ と一瞬思った。
でも 特に気にせず かわいくて仕方がないので
早く退院できることを祈った。
私は 1週間で退院したので、当分は病院に
絞った母乳を持って通うことになった。
通い始めてしばらく経った頃 ようやく保育器から出て
直接 母乳を飲ますことが出来るようになった。
顔を眺めながら、やっぱり 上の子たちとは何か違うんだよね。
そう思いながら、病院でみた彼の様子を家族に話した。
その頃に 先生から どうもミルクの飲みが良くないと言う事で
検査をしてみますか? と言われた。
そうか。やっぱ小さく生まれたから
なかなか上手に飲めないんだろうな。
私はそう思っていた。
どんな検査で どんなことがわかるのかと聞くと
「脳波や染色体の検査をします。染色体検査では
ダウン症や(何種類かの病名)などがわかります。」
と言われたが、そのときは全くピンの来ず
そうですか。と軽く返事をしたように思う。
確かに 私は 高齢出産だったが、
1年前に次男を無事出産していたし、
染色体異常などぜんぜん心配していなかった。
ある日、授乳の指導を受けながら看護師さんと話をしているときに
「Rちゃんは家族の誰に似てるの?」と聞かれたので
「それが、誰にも似てないんです。うちはどっちかって言うと
タレ目系なんだけど、Rちゃんは目がつり上がっていて・・・。
誰に似たのかなって家族で話してたんです。」
と思っていた通り答えた。
すると、看護師さんが
「そっかぁ。つり目はダウン症の特徴のひとつだもんね。」
ぽつりとつぶやいた。
私は そのとき はじめて ハッとした。
えっ・・・。?!
先生や看護師さんは Rちゃんのことダウン症って
疑っているの???
・・・急に 急に 不安になった。
私は 恐る恐る 看護師さんに 聞いてみた。
「看護師さんは Rちゃんのことダウン症だと思いますか?」
「う〜ん。結果が出てみないと 何とも言えないけど
Rちゃんの場合、目がつり上がっているってこと以外、ほかには症状が
出てないんだよね。だから、私たちも検査をするのが遅くなったんよ。」
そのとき 私は目の前が真っ白になった・・・。
まさか・・・
まさか・・・ Rちゃんがダウン症???
うそでしょ?!
まさか!!
次の日、重たい気持ちで パソコンの前に座った。
「ダウン症」・・・と検索してみる。
目に留まったのが、ダウン症の子供さんを持った方が
書いておられるブログ。
読んでみると、まさに私の心境とまったく同じ。
疑いを持ちながら 検査結果を待つ日々。
その 長い長い1ヶ月間の不安や苦悩の日々を綴られていた。
そして 「ダウン症の症状」という項目に
「乳児期からはっきりした二重」
というのを見たとき、驚愕してしまった・・・。
生まれたての時に 「かわいい二重」と微笑ましく思った
あの目のラインが
ダウン症の特徴のひとつだなんて・・・・・!!!
検査の結果が出るまでに1ヶ月近くかかると言われていたが
私は このときに確信した。
そして そのまま 泣き崩れてしまった。
いままでの人生で こんなに声を出して泣いたことがあっただろうか。
恥ずかしげもなく しゃくり上げて泣いた。
私は 初めて「絶望」という感情を体験した。
これからどうしたらいいんだろう。
どうやって育てていけばいいんだろう。
一生続くこの問題を 私は 背負っていけるのだろうか。
たくさん たくさん 泣いたあと
少し冷静になった私は ふと思った。
こんなに悲しくて泣いて過ごしても
笑顔で楽しく過ごしても
現実は なにも変わらない・・・。
Rちゃんが ダウン症 という事実は 何も変わらない・・・。
それに 私は ありがたいことに 上の子供が二人いる。
彼らが 保育園から 帰ってきたら泣いてはいられない。
あの 絶望を 感じた日から
どれくらい経っていたかは わからないけど
いつの間にか 苦しみが やわらいでいた。
Rちゃんが 生まれて1ヶ月。
やっと退院できる日がやってきた。
車で2時間ほどかかる病院から 家に帰る間
ずっと 抱っこしていた。
やっぱり かわいい。かわいくて仕方ないよ。
この子は この子のままでいい。
彼は自分で選んで生まれてきたんだから。
一緒に 暮らせるようになって
ますます そう思えるようになった。
退院してから 約3週間後に
検査結果を聞きに 主人とふたりで病院へ行きました。
結果は やはり ダウン症。21トリソミーでした。
でも もうそのころには 自分の中でわかっていたので
大きなショックはありませんでした。
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当初は、こんな感情を抱きましたが
今はとても幸せです。何ひとつ不幸なことはありません。
ダウン症として生まれてきたRちゃんは
いつもニコニコ笑っていて、私たち家族を笑顔にしてくれます。
この子たちは
彼らにしかできない、特別な力を持っています。
それは、最高の笑顔です。
この笑顔には、人の心を癒す力があります。
彼らから生きる力をもらっています。
わたしは、この子からたくさんのことを学んでいて
Rちゃんがダウン症として生まれてくれたことに
感謝しています。
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